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ある家庭教師の独り言

不安なら大丈夫

 昔教えていた予備校に、ある生徒がいた。直接教えていたわけではないのだが、話はよく交わした。その生徒が高校3年の秋深まる頃、「入試も近づいてるけど、大丈夫か?」と聞くと、すかさず「大丈夫っす、余裕っす。」との堂々とした返事。でも実は、この生徒がほとんど勉強をしていないことは知っていたので、そうした中でこの返事というのは、よほど状況が見えていない証拠でもあり、生徒には申し訳ないが、内心、今年の受験は厳しいなと思った。

 残念ながら、予感は的中してしまい、その年の受験はうまくいかなかった。1浪となったその生徒は、再び同じ予備校に来ることとなり、また私と対面した。早い時期から「今年はちゃんとやれよ」などと声をかけつつ、また秋深まる頃となり、「今年の入試は大丈夫か?」と聞くと、自信のある様子で「今年はまあまあ勉強してるから、大丈夫っす。」との返事。そもそも、まあまあ程度の勉強ではダメなはずなのだが、色々話を聞くと、どうもまあまあレベルの勉強さえしていない様子。それでこの自信というのは、やはり状況が見えていないことを意味し、これまた生徒には申し訳ないが、今年の受験も厳しいかもしれないと思った。

 残念ながら、またもや予感は的中してしまい、その年の受験もうまくいかなかった。2浪となったその生徒は、再度同じ予備校に来ることとなった。たださすがに、これまでの不勉強に懲りたようで、この年は心を入れかえ、当初から徹底的に勉強した。今回は私も個人指導で、直接英語を教えることになった。さすがに今年は勉強も順調に進み、そしてまた秋深まる頃がやってきた。しかし今回は、「今年の入試は大丈夫か?」と聞くより前に、生徒の方から、「先生、俺今年は大丈夫かなあ?」と聞いてきたのだ。

 これこそがまさに待っていた言葉だった。この言葉を聞いて私は、この生徒の今年の合格を確信した。このような不安げな発言は、否定的にとらえられがちだが、裏を返せばそれは、目標に近づいた証拠とも言える。目標からかけ離れたところにいると、状況が全くわからないので、意外と楽観的に、何とかなるのかなと思えたりするもので、逆に目標に近づくと、具体的な目標までの差とか、盲点とかがあらわになってきて、むしろ不安感を生む。でもその不安感は、目標に近づいたからこそのものなのだ。この生徒もようやくその位置に到達したのだ。実際この生徒はこの年、見事合格を果たした。つきあいが長かった分、感激もひとしおだった。

 受験に対しては、自信を持って臨めるに越したことはないが、上述のように、不安感はいいサインでもあるのだ。むしろ不安なら大丈夫とも言える。不安な皆さん、希望を持って頑張りましょう。